第二章 夕笛

片岡城 笹ゆり姫物語

第二章 夕笛

そのときを打ち砕くように、一頭の馬が片岡谷から一気に城へ駆け上った。
「ご開門、ご開門、駆け馬でござる。ご開門、ご開門、殿にご進講。
松永の軍勢がこちらに向かって進軍!」
河内から休み知らずで駆けてきた馬が、城内に入るや、門は閉じられ引き橋が一斉に上げられ、井楼矢倉(いろうやぐら)や門脇に旗が上がった。
具足を纏った景頼も臨戦態勢をとり、城内では鐘が鳴り太鼓が響き渡る。
その緊迫は瞬く間に郷まで及び木戸を閉める者、裏山に逃げる者、家財を隠す者と右往左往の大騒動。
やがて西から進軍してきた松永の軍勢が片岡谷に姿を現すや、法螺貝や大太鼓の音を合図に槍や石が一気に飛び交いはじめた。
片岡勢の必死の防衛に、松永の攻撃もいよいよ激しくなり、麓の民家にも火が放たれ、人々が逃げ惑う。
戦は数十日にも及んだ。
今までにない多勢の松永の進軍は一進一退を繰り返しながらも、じわり、じわりと城に近づき、ついに城内にも火の手が上がり出した。
「姫! 姫! 佐葦姫は何処に」
「景頼さまー」
「姫・・・お怪我は?
この度の攻撃はあまりにも激しい。もはやこれまでかと」
「景頼さま」
「姫、お逃げください。今宵は闇夜。ひとまず闇にまぎれて、谷伝いに滝川まで」
「その後は、その後はどこへ」
「こうなっては、本郷、飯盛山(いもりやま)の寂光門跡に縋(おすが)りするしかあるまい」
「浄安院まで」
「そこまで景頼がお護りいたす。さあ、すすきもこれからともに浄安院まで!」
「はい」
「さっ! 姫! 早くこれを羽織って!」と、夜目に目立たぬように粗末な着物を渡す景頼。
三人は一旦東谷から滝川へ逃れ、更に川に沿って南に走る。
東谷越に瓔珞山を眺めると、先ほどまでいた城が真っ赤な炎となって辺りをかざしていた。
火炎が立ちのぼり火の粉が谷まで降ってくる様は地獄絵のようであった。
五反田から坂口の辻まで一気に走ってきた時のこと。
「どうなされました景頼さま、急がねば追っ手も来ている筈」
とすすき。
「だから迷っているのだ。このまま南へ走るべきかそれとも一旦薬師山へ逃れるべきか」
と、そこへ、
「おや白い鳥が」
佐葦の指さす方に一羽の白い梟が舞い下りるやすぐに南へ飛び立った。
「何かのお導きか、もはや梟にでもすがるしかあるまい、よしこのまま南へまいりましょう」
飯盛山の浄安院目指して三人は川伝いに南へ走り続けた。
「もう地蔵峠、あと一息だ」
「姫さま大丈夫ですか」
気使うすすき。
「さっ! 急ぎましょう! ん?」
気配を感じて振り返った景頼の目には、はっきりと追っ手の火が見えた。
「しまった! 追いつかれる! すすき! 姫をお連れして先に浄安院へ」
「景頼さまは」
「わたしは後からまいります」
「いやです。私もまいりません」
「姫さま、何をおっしゃるのです。急ぎましょう」
と手を引くすすき。
「姫さま、これを」
「ぇ」
「この笛を私と思ってお持ちください。すすき、姫を早く」
「景頼さまー」
「姫さま後を見てはなりませぬ早く、早く」
「もう一度笛の音をお聞かせくださいね。約束ですよ」
「ええ。必ず」
すすきに引かれながらも約束を信じ遠ざかる程、心は景頼の元に戻っていく。
「ご門跡さま! ご門跡さま! 門をお開けください」
真夜中の静かな山門が急に慌ただしくなった。
「ご門跡さま! 片岡の佐葦でございます」
すぐに門は開けられ、寺男の呼ぶ声に寂光が驚いて駆けつけた。
「姫さま、すすき殿、どうなされました」
辺りの様子をうかが窺いながら、事の始終を話す二人。
「ご門跡、間もなく景頼さまもここに。門を閉めずにおいてくだされ」
「分かりました、敵の姿がないか、しばらく様子を見ることに。ひとまず庫裡へ」
二人の話しから景頼の思いを悟った寂光は、気づかれぬよう門を堅く閉じてしまう。まんじりともせず朝をむかえた佐葦は、
「ご門跡」
「姫さま、昨夜はゆっくり休まれましたか」
「景頼さまは如何なされました」
「先ほど郷の者に確かめましたが、景頼さまは地蔵峠で行方知れずとのことでございます」
片岡家の壊滅をも聞かされ、最愛の君をも無くして淑(しと)やかに泣く佐葦姫に、
「姫さま。諸行無情の乱世でございます。こうして生き存らえるのも、大慈悲のおかげ。如何でございましょう、これからはここにお留まりいただき、郷の人々に慈悲の手を差し伸べてはいただけないでしょうか」
「ご門跡」
「郷の者は皆、姫さまのご来山を心より喜んでおります」
それから何日たったことだろう。
佐葦姫は浄安院に身を寄せながら、悲しみを忘れようと作物を育て、郷の人々と供に働いた。常に明るく振舞い、人々の心を和ませササユリの花を慈しむその姿に、いつしか人々から笹ゆり姫と慕われ穏やかな日々を送っていた。
そんな佐葦姫が時折一人でそっと、院を抜け出すことがある。
景頼との約束を胸に、三十三体の観世音菩薩を祀る裏山に佇む。
花衣の袖に忍ばせた笛を取り出し、黄昏の瓔珞山に向かって静かに吹きはじめる。
頬を伝う涙は竹笛を伝って足許に落ちていった。
「景頼さま・・・・・何処に」
ササユリが風に揺れ、夕笛の音が静かに流れていた。