第三章 美しい蝶

片岡城 笹ゆり姫物語

第三章 美しい蝶

「姫さまー。」
「みんなー、こちらへいらっしゃーい」佐葦は、あの忌まわしい戦で残された孤児達の世話に勤しんでいた。。
肉親を亡くした悲しみに耐え、健気に働く子供らに自身の姿を見る佐葦。
そんなある日、
「おっ母に会いたい。どうしたら会えるんか?」
と、尋ねられ言葉を失う。
それは、佐葦とて同じであった。
「あの世とやらに行けば・・・。景頼さまにお会いできるのであれば・・・」
心の中にしまっていた思いだった。
「今一度、お会いしたい。景頼さま・・・」
会えぬと思うほど、景頼への想いがつのる。佐葦は人目を忍び、裏山で形見の笛を吹く。夕陽にササユリが悲しく照らし出されている。その花の間を蝶が静かに舞っている。
「景頼さま・・・」
涙が溢れ、笛の音が途切れる。その音に続くように何処からともなく笛の音が聞こえてくる。最初は、かすかに、次第に近づいてくるように・・・。
「この笛は」
佐葦は、笛の主を探そうと歩を進める。
「もしや、景頼さま・・・」
だが、佐葦が笛の音に近づこうとすればなぜか笛の音は遠ざかっていく。
翌日も、その次の日も佐葦は一人裏山に行き笛を吹いた。
すると、やはり佐葦の笛の音に添うように何処からか笛の音が聞こえてくる。その度に笛の主を探そうとするが、そこには、ただ悲しげにササユリが咲いているだけで主を見つけることは叶わなかった。
会えぬと思えば思うほど、日増しに景頼への想いがつのる。
佐葦は日に日に窶(やつ)れていった。
その姿に寂光も心を痛めた。
さらに、佐葦に追い討ちをかけるような出来事が起こった。佐葦を慕い、院で暮らすようになっていた元片岡家の家臣が、佐葦を旗頭に戦を仕掛け、片岡家の再興を画策していた。
「戦は、多くの民に悲しみしかもたらしません。これ以上愛しい人を亡くす悲しみを誰にもさせたくはないのです」
自分の存在が民に災いをもたらす事になるのではと、深い悲しみから、佐葦は床に伏すようになった。
ある月の夜、空(うつ)ろな意識の中で何処からともなく笛の音が聞こえてくる。それは忘れもしない懐かしい笛の音。
「景頼さま・・・」
中庭に目をやると、そこには紛れもなく景頼の姿があった。
「景頼さま・・・」
はらはらと涙する佐葦を抱き起こした。
「姫、お会いしとうございました」
「私も・・・。このまま儚(はかなく)くなれば景頼さまにお会いできるのではと・・・」
ただただ涙する。
「どうか、そのような悲しいことをおっしゃらないで下さい」。
「景頼さま・・・」
景頼は、笛を手にすると静かに吹き始める。
佐葦は、目を閉じてその笛の音をじっと聞き入る。
やがて、笛の音に重なるように景頼が囁きかける。
「姫、私はいつもお側におります。ササユリを照らす月の光や、木々を揺らすそよ風、さえずる小鳥、全ての生けるものとなり、いつも姫を見守っております。ですから、どうか生きてください。、それがこの景頼が生きている証でもあるのです」
遠ざかる笛の音は、やがて聞こえなくなった。
「景頼さま!」
追いすがろうとする佐葦の手を寂光が握りしめた。
「姫さま、気が付かれましたか」
朦朧(もうろう)とする意識の中で、
「私は・・・・・?」
「ここ、数日、姫さまのご容態が悪く心配いたしました」と涙する寂光。
「そう・・・でしたか」
景頼との出会いも夢幻だったのかと、悲しむ佐葦の傍を美しい蝶がひらひらと舞っている。
「おや、これはまたなんと美しい蝶でしょう」と驚く寂光。
蝶はしばらく舞った後、佐葦の枕もとにある竹笛に静かにとまる。その姿は、今にも蝶が笛を吹くのではと思えた。
佐葦が手を差しのべると蝶はその細い指に静かにとまった。
「景頼さま、景頼さまなのですね。佐葦は、生きてまいります。私が生きていくことが、景頼さまの生きる証になるならば、私は二度と死にたいなどとは申しません。あなたさまといつまでも生きてまいります」
そして、病も癒えた佐葦は、前にもまして農作業に勤しみ子供たちを慈しみ、村人達に慕われていった。
やがて、佐葦の評判は片岡城の新しい主である松永にも届くようになった。
「片岡の姫君が、元家臣や村人を集めて不穏な動き?」
それは、佐葦には全く身に覚えのないことであったが、松永の家臣達は、直に片岡家の残党狩りを始めた。
夜が明けるのを待ちかねたように、突然の馬のいななきと雑兵の足音で浄安院の静けさは破られた。
「何事です?」
慌ただしく身支度を整える佐葦に血相を変えたすすきが、
「姫さま! お逃げください。松永の兵が姫さまを」
浄安院は既に松永の兵に取り囲まれていた。
院の中では、かっての片岡の家臣が戦支度を始めている。
「こうなったからには、片岡家の家臣として意地をみせてやります」
傍らでは小さな子供らが怯えていた。
「今ならまだ間にあいます。どうかお逃げください」
佐葦は、静かに首を振ると寂光が止めるのも聞かず、片岡の家臣たちの所へ向かった。
「もう二度と後悔はしたくありません。わたしは逃げませぬ」
もはや一人でも多くの松永勢を道連れに、討ち死に覚悟の片岡の家臣たちに、
「これ以上、誰も死んではなりませぬ。そなた達が死ねば、必ず悲しむ者がいます。そればかりか、この浄安院にいる者が、この村の民が、また戦で悲しい目にあうのです。わたしは、もう戦で誰も亡くしたくないのです。もしどうしても行くと申すものがあれば私を殺してから行って下さい」
立ちはだかる佐葦に、家臣たちはなすすべもなかった。
塀の外では、松永の兵が力ずくでもと騒いでいる。
寂光や、すすきがとめるのも聞かず、佐葦は山門を開け、ひとり松永の兵の前に進み出る。
一斉に刀槍をかまえる松永の兵達。
その兵に恐れることなく、微笑みすら浮かべる佐葦は、その場に居住まいを正して座った。徐に袂より景頼の形見の笛を出すと静かに息を入れる。
「誰も、もう誰も、失いたくないのです」
一心に奏でる笛の音は、やがて呪文を唱えたかのように殺気だった空気の中に僅かな優しさを漂わせた。
それは白い影となり、どこか居心地のいい場所を探してさ迷っていたが、その空気自体を優しく包み込み、穏やかなものにしていった。
馬上からじっと佐葦を見ていた松永の大将は、静かに目を閉じると一言告げる。
「皆の者、撤退じゃ」
こうして、松永の兵は佐葦を捕らえることもなく引き上げていった。
「姫さまー」
門の影から息を潜めて一部始終を眺めていた寺男や子ども達が姫の周りに駆け寄っていった。
寂光が目にいっぱい涙を浮かべながら
「姫さま、見事でしたよ。乱世といえども人の心はやはり通い合うものでございます。今日は姫さまに教えられました。よくぞ子ども達と寺を守ってくだいました。お礼申しあげます」
寂光の言葉にこれまでの緊張の糸が切れたように、佐葦はその場にくずれた。
「姫さま大丈夫・・・姫さま・・?」
「大丈夫、大丈夫よ」
「ワーイ  ワーイ  ワアーイ」
子ども等の大きな歓声が境内にこだました。
浄安院に平和が戻った。
それから暫くして、木々の梢に鎮座していた無数の影が、裏山へ戻って行ったのを誰も気づく由もなかった。

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