第五章 片岡城へ

片岡城 笹ゆり姫物語

第五章 片岡城へ

山間の陽だまりにふきのとうが顔を出し、薄紫のかたくりの花が咲き、そして、青垣山にも山桜が咲き始める頃、佐葦は、周りが妙にざわめいていることに気がついた。
「景頼さま、なにかお隠しでは」
「何を隠しているというのだ」
「分かりません。でも近頃の景頼さまのご様子が変でございます」
「うむ。気づいておったか、織田さまを欺いた松永を討つよう筒井の殿さまから命が下った」
「えっ、叔父君から」
「なに、案じるな後には明智さまもついて、勝ち戦よ、お家の恨み晴らしてくれるわ。お腹の我が子の為にもな」
片岡家の仇討ちを、ああ又、戦が始まる。先の戦で父と母を亡くした佐葦には景頼の出陣は不安でたまらなかった。
「分かってくれ。お家の恨みを晴らす絶好の機会なのだ」必死に話す言葉も、今の佐葦の耳には入らない。
その夜、西の空に彗星の大群が現れた
「なにか、不吉なことが」佐葦の眠れぬ日々が続いた。
それでも ”蜩 ”がしきりに鳴く暑い日、萌えあがる木々の間を戦装束に身を包んだ景頼は城を下っていった。
福住から戻った景頼に、早速順慶より登城のお達しが来る。
筒井城 御殿 御座間(おぞのま)
「景頼、既に知っておろう、織田の大殿より松永攻めの下知(げち)が相成った。わしが、このように大和一国を治められるのも、多聞城を開城させたがため、しかし大殿の信頼を存分に得たわけではない。大和一国安堵の為には是非ともこの戦に勝ち、久秀を屠(ほむ)らねばならん。そなたも、片岡家滅亡の仇、取って見せようぞ」
「ははっ。心得てございます。が殿もご存知のとおり、城は元の片岡城ではございません。今や久秀の手で不落の城に変えられてございます。尋常な攻めでは落ちませぬ」
「確かに、城造りには長けた久秀。何か、よい策は無いものか」
筒井順慶と景頼が御座間に篭もって二刻余り。やがて景頼は武将や兵を集めて戦準備を進めていく。
「甲冑を用意。鉄砲は。弓を多く持て。近郷の百姓に声を掛け、松明を二千本いや三千本用意しろ」景頼の声が響き渡る。
やがて隊列を整えた景頼隊は上の牧目指して進軍。
筒井から南へ、更に大和川沿いに広瀬へと隊列が進んで行く。
鉄砲隊を先頭に、膨大な松明を積んだ荷車が何十台と進む。
「はて? 景頼さまは、何をお考えじゃ。ぎょうさんの松明を引かして」
「そりゃきっと夜襲をなさるんじゃ。夜襲には松明が必要ぞ」
「でも解せんな、ちと多すぎるようじゃが」
行く先々で興味を引く隊列はやがて、広瀬を抜け、桜峠に辿り着くと歩を止め密かに夜を待った。
「景頼さま」忍びの六平太が戻ってきた。
「やはり松永は、織田殿の信貴山城攻めを予見してすでに守りを固めてございます。片岡城の海老名も、織田本隊の動きに目を奪われております」
「我が隊の動きには気づいてはおらんのか」
「御意、北の見張りを強め、東の我が隊の動きには感づいていないようでございます。出丸には数十人ほどの見張りが立てこもるのみ、他は全て城内にて固めてございます」
「よし、わかった。大儀じゃ。戻って休め」
やがて辺りがすっかり闇に支配された時、景頼の声が部隊を前に響き渡る
「この度の戦は織田の大殿の下知ぞ。是が非でも勝たねばならぬ。我が隊は片岡城を落としてから信貴山へ向かう。
勝ち戦じゃ。片岡のお家の恨みも、晴らしてみせようぞ」
「おおっ」
「よいか、法螺の合図に一斉に松明に火をつけるのじゃ。」
景頼隊の雄叫びを合図に弓隊と鉄砲隊を先頭に片岡城を目指して登ってゆく。
天下人への夢をも抱く松永久秀は片岡城を奪ってからより強固に築き上げた。堀を巡らし曲輪を数多く設け、さらに城外にも出丸を造り見張り台としての機能を持たせていた。 
出丸の側まで来た景頼隊は法螺貝を一斉に吹いた。
「ぶぉ〜っ」「ぶぉ〜っ」
闇夜に響き渡る鈍い音。その頃、東の谷に居残った足軽達は、懸命に竹に括り付けた松明を田畑に差し込み、一斉に火を点けていった。
突然の音に驚いた松永勢が一斉にその方に目を向けると暗闇に幾千もの松明の炎が揺れ、鬨の声があちらこちらで上がっている。
「何事じゃ、こ、これは・・」
「夜襲じゃ。敵は多勢ぞ。早く矢を放て」
「どこの隊じゃ。織田本隊の到着にはまだ刻のかかるはず」
「しかし、この数は・・、これだけの手勢を動かせるのは大和にはわが松永勢以外に無い筈じゃが、はて?やはり織田の本隊やもしれん」
「織田の本隊が相手では、この城は護り切れぬわ。早く本城へ知らせを」
不意を突かれた松永勢は統制の取れないまま夢中で石や矢を雨霰の如く降らせてくる。
混乱に陥った出丸を難なく攻め抜いて城に辿り着いた景頼は、鉄砲隊を前にして一斉に火を噴かせた。怯んだ松永勢に向けて更に矢を放つ。
「よし。敵は崩れたぞ。次は火を放て」
景頼の声を合図に火矢が門や塀を目指して飛んでいった。
あちらこちらから火の手が上がりやがて紅蓮の炎となって夜空を焦がしていった。
焼け落ちた門から城内へなだれ込むと、景頼は敵を蹴散らせどんどん奥へと進む。
「景頼さま、これ以上の深追いは危険にございます。もはや落城は必至、勝ち戦でございます、一旦は城外へ。外で逃げる者を迎え討つのが得策かと」
かの従者青井数馬の呼び止める声も、復讐に燃える景頼の耳には届かない。
「数馬、しかと頼んだぞ」
「景頼さま〜」
数馬に後を託した景頼は海老名を探して城内を駆け巡る。
海老名は槍の名手で知られた松永の重臣、片岡城略奪の手柄で今は大将として城を護っている。いわば片岡家壊滅の首謀者である。
景頼は焼け崩れた城門から敵陣深く入り込みやがて一の曲輪で海老名を見つけ出す。
刀を上段に構える景頼。片岡家滅亡となった夜襲が次々と脳裏を横切る。
「景頼、その刃では、わしを倒せぬぞ」
「・・・」
「どうした。お怖気づいたか」
景頼は、刀を構えながら少しずつ海老名を引きつけてゆく。
「どうした景頼、なぜ逃げる。怖気づいたか。”出合”では梟に邪魔されたが今度は許さん。止めを刺してやる」
大槍を振りかざし、じりじりと迫る海老名を天守の中へ誘い込んだ景頼は歩みを止め、攻撃に出た。、
「おのれ、図りおったな」
既に紅蓮の炎は天守の大屋根にも飛び移り勢いを増していた。。
海老名は逃げ道を封じる景頼を倒して、迫る炎から逃れようとするが、狭い屋敷の中では長い槍を振り回すことができない。。
「海老名、片岡家の恨らみ晴らしたり」
景頼の声が響くと同時に大音響とともに頭上に大屋根が崩れ落ち二人は炎の中に消えた。
一気に城を落とし、大勝利に沸く筒井勢は一部を残し明智・羽柴・織田勢と合流し敵の総大将松永久秀を討つために信貴山城を目指して進軍していった
一方、残った景頼の手勢は必死で景頼の行方を探した。
「景頼殿はどこにも。、確かに天守へと向かわれた筈。しかし,お姿はどこにも・・・」
「まことか、景頼殿の甲冑は如何じゃ」
「甲冑も刀も探し申したが、どこにもござらん」
「解せん。あれほどの炎の中、逃げ出されたとは思えぬが。しかし筒井の殿に何と申し上げればよいのじゃ」
天正五年十月一日、片岡城、落城。その十日後、松永久秀も信貴山城で自害。本城落城。
だが、筒井に凱旋した部隊に景頼の姿は無かった。
「姫さま、景頼さまのお姿が見えませぬ」すすきは大声を上げた。
佐葦はわが耳を疑った。
「いいえ、景頼さまに限ってそのようなこと」
怒りにも似た不安がよぎった。
張りさけそうな胸を押さえて裸足で景頼の姿を探す佐葦。
「景頼さまー。景頼さまー。景頼さまは何処に」
「どなたか。 どなたか景頼さまの消息をご存知のお方はおられませぬか」
「木辻景頼さまをご存知の方はー」
二人の泣き叫ぶ声は群衆の歓声にかき消された。
やがて夕日が落ち、辺りを闇が包んだ。
景頼は帰っては来なかった。
「勝ち戦よ、お家の恨み晴らしてくれるわ」
景頼の声が頭の中を巡る。
「景頼さまは、片岡家の恨みを晴らす為に・・・・・
私が願っていたのはお家再興ではなく、戦のない平和な日々。どうして誰も分かってくれないの」
その日以来佐葦に涙の乾く日は無かった。
「姫さま,戻りましょう浄安院へ、寂光門跡さまのもとへ」
「そう、そうね」。
佐葦は、すすきを伴い再び浄安院に身を寄せた。
懐かしい飯盛山は美しい秋色に染め佐葦を温かく迎えた。
やがて、可愛いい女の子の産声が響いた。佐葦が去って灯が消えたように寂しかった浄安院に再び笑いが戻った。佐葦と景頼がこよなく愛でた花、”小百合”と、名付けられた姫はすくすくと成長していく。