第六章 風の笛

片岡城 笹ゆり姫物語

第六章 風の笛

季節はめぐり、上の牧にいつものように白いササユリの咲く頃、佐葦は幼子をつれて城山に登った。
片岡城の無残な焼け跡を夏草が覆っていた。川下から吹き上げる風は木々を揺らし佐葦の黒髪をなびかせた。
遠くを眺めると郷にはいつものように青々と波立つ田んぼが広がり、川は陽を受けてキラキラと輝いていた。
二上山(ふたかみやま)はやさしく微笑み、あの日と同じようにササユリがゆれていた。この美しい山河をどうして血で染めてしまうのでしょう。
戦なんて愚かしいこと。父も母も景頼さままでも・・・。
その時、
「はて、この音は・・・風の笛、いいえ もしや・・・」
それは一日とて忘れることのない愛しい人の笛の音であった。
まさか、景頼さまが。
時間(とき)が止まった。
うすずみ色の風景(けしき)の中にやさしい風が吹いていた。
低く霞がたなびく ”花かげ ”に笛を奏でる良人の姿を見た。
「・・・・・」
それはほんの束の間のことであった。が、しかし、
佐葦ははっきり良人の姿と笛の音を認めた。
「景頼さま」と、駆け寄る。
「今、確かに景頼さまが・・・これは」
そこには白いササユリの中に、一際美しく淡く紅を染めた一輪のササユリが咲いていた。
「これは狭井川の辺に咲くという幻の紅いササユリでは・・・景頼さまがこれを」
呆然と立ち尽くす佐葦の胸に景頼への熱い想いが込み上げてくる。「景頼さま・・・」涙が溢れた。
やがて、うずくま蹲って叫びたい程の悲しみの中に、懐かしい思い出が遠いこだまのように返ってくる。
こぼれ落ちた幸せが、すぐそこにあるかのように。
また、笛の音が聞こえて来た。今度は先程よりもはっきりと。
しかしその音色は不思議なくらい佐葦の心を和ませた。
風が止んだ。
どれほどの時が流れただろうか。頬を濡らした涙は乾いていた。
「お帰りなさいませ、ずいぶん長いご出陣でございましたね。
小百合、 小百合こちらへいらっしゃい。父上からの贈り物ですよ」
「ちちうえからの」
「景頼さま,小百合ですよ。佐葦はもう泣きません。この上の牧で強く生きて行きます。どうぞこの城山から私達を見守っていてください」
その時一陣の風が渡り、あたり一面に芳しい香りを漂わせた。
そして頷くかのように薄紅色のササユリが大きく揺れた。
「アッ、ちちうえがわらった」

瓔珞山の大王杉から一部始終を見守っていた白い梟は、やがて金色に染まった黄昏の空いっぱいに羽を広げると、飯盛山の彼方へと消えていった。